登り Day1~4時間数は歩いた時間(休憩込み)
Day1 4時間 ポカラ -taxi-> ナヤプル -> ガンドルン
朝7時にガイドとホテルで待ち合わせ。ガイドもピンキリなので、仕事に真面目で経験が十分あって英語がしゃべれる人、とリクエストしておいた。屈強な男を想像したが、来ていたのは小さく童顔の「みっちゃん」と呼びたくなる感じの人で大丈夫か?と思ってしまう。東部山岳部出身で元ポーターだった彼=Rajさんはでもさすがプロ、体力は十分。日本のビジネス感覚を持ち出すともちろん障るポイントはたくさんあるのだが、それはそれ。ヒマラヤ様の前なら飲み込めるというものだ。
タクシーの相場は600Rpと聞いていたが、入場許可料含めて900Rpよこせとドライバーは言い張る。Rajさんも払えというのであきらめて850払う。街でオフィシャルな入域料2000Rp払うが、違う思想政治団体のマオイストのチェックポイントでも1日100Rpを払うはめになる(この制度は2団体の政治的融解から次月からはなくなるらしい)。特段産業がないネパールにおいて収入源として観光資源が貴重なのはわかるが、明確な理由のない請求が多方面から来るのはどうも気分がよくない。
しかし、天気は最高。ガンドルンにはあっという間について拍子抜け。山の斜面に開けた、景色のよい村であった。14時頃にはついたので村を徘徊し、ローカルワイン(あくの強い焼酎という感じ)を飲む。
ガンドルンの素敵な宿
Day2 4時間 ガンドルン -> チョムロン
朝から晩まで雲が絶えず、景色が悪い。
ひたすら歩いたら12時過ぎに目的地に到着。まだまだいけそうだったが、Rajさんは「普段鍛えていない人は順応できていない最初の2日間に歩きすぎると後半もたなくなる」というので、やめておく。
その前まで1日12時間くらい街を歩いていたので順応はできていたと思うが、たまっていた足の疲れはトレッキング2日で逆に消え、長期的に見ればよかったのかもしれない。
20時には寝て、日の出1時間前の6時前におきて日の出まで景色を眺める素敵な生活。健康的!と思うが時差を考慮するとリズムは日本と変わらない。
Day3 8時間
チョムロン -> シヌワ -> バンブー -> ドバン -> ヒマラヤンホテル -> デオラリ
相変わらず天気が悪く、ヒマラヤの山は一日見えず。ちなみに、日本感覚で言う 3000m超えの山でもここでは丘であり、本当に高くそそり立つ白い峰だけが、山と呼ばれる。
明日はトップの4200mほどまであがるので、高山病対策のためできるだけ高いところまで今日のうちに行こうと、宿泊地を予定より上方の3200m地点に。前の二日分ほど歩くが、まだ雲の上には出ず。
山水も凍っていた
この旅程、出会う50%は韓国人であった。
ちょうどこの頃休みを取る人が多いのとこの秋から直行便ができた効果らしいのだが、驚くほどに比率が高かった。だいたい団体客だが、この宿であった40台半ばの韓国人女性は独り。大変面白い人であった。その人は・・・
- 既にトレッキング21日目
- 山好き。山登りのために日本に4回来たと言っていた
- 山行中の女性には見えない。華奢でお化粧ばっちりで服も小奇麗
- 大量の食材や衣服を持ち運ぶため、専用ポーターをガイドの他に雇っている
- とにかくよく飲む。夜はもちろん昼から飲む。ガイドとポーターにもビール(山ではかなりの高級品なのだが一晩3人で20缶飲んだりする)を大量に飲ませる。Rajさんもあそこまでの人ははじめて見たと言っていた
- 国で働いて貯金ためては世界を旅し、運命の人との出会いを待っているらしい
3日くらい旅程が重なったので話す機会が多かった。なんとなくガイドといい雰囲気っぽかったが、その後どうなったのだろう。運命の人と思える人に出会うのだろうか
夜はすべてが凍りつく寒さ。全装備と寝袋と毛布でしのぐ。
既に緩い頭痛がする。高山病?
明け方、ロウソクが部屋の空気を入れ替えるまでつかなかった。
酸素不足は高度以外の要因? しかし明日は心配。
私は、富士山で吐いた男だ。
Day4 5時間 デウラリ -> マチャプチャレB.C. -> アンナプルナB.C -> マチャプチャレB.C.
いよいよ頂上へ。
今日は久々に天気もよく、久しぶりに白い頂を見て、感激。
高度をあげるにつれ、その白い峰達は近づき、内院に近づくにつれ、四方が白くなってゆく。
昼過ぎに最終ポイントアンナプルナB.C.(ベースキャンプ)に到着。
そこからさらに丘に登ると、幾つもの氷河と凍った滝と湖を見る素敵なビューが広がる。雲が目線の高さで目まぐるしく動き、山を駆け上がり、谷を埋め、飽きることのない景色のバリエーションを提供してくれた。長いこと釘付けになっていた私は風邪をひいた。しかし長いこと誰にも気を使わずに時間をすごしたかったので、Rajさんを宿に置いてきたのは正解だった。
マチャプチャレ ベースキャンプの朝
視界が雲だけになったので、B.C.に戻る。
ダイニングでおとなしくしていると高山病の症状。頭痛と吐き気がしてきた。夜になると更に苦しくなるのが定説なので、日没前にマチャプチャレB.C.まで400mくだることにした。一晩苦しめば終わる話ならいいのだが、高山病は肺と脳に非可逆的な影響を及ぼすこともあるという話を聞いたことがあったので、4200mくらいなら大丈夫だろうと考えないことにした。
Rajさんイドに予防に水を多めに飲めと言われていたのを守らなかったからかもしれない(守っていたつもりだったが、1日3~4lも飲む必要があるとは思わなかった)。
下り Day5~7
Day5 6時間 マチャプチャレB.C. ----> シヌワ
朝、日の出前に見晴らしのよい高台に登る。
天気がよく、ここからでも十分に素敵な日の出を楽しめた。
今日の帰路はひたすら下り。
行きと違って天気がよいので、時折振り返りながら「雲の向こうにこの景色があったなんて」と。久々の温かい水と酸素をたっぷり味わう。
都会人の視野の狭さゆえか今日に至るまで気づかなかったが、宿にはよく麻が植わっている。
薬用の名目らしいが、喫煙を楽しんでいる人たちもいた。
Rajさんも「今夜やろうか」といって少し取った。が、彼は2箇所で取ったものを2回とも夜を待たずに紛失して結局吸わなかった。
ちなみにネパールでもマリファナは違法。
年に一度、お祭りの日には解禁されるそうだ。街には売人がわんさかいたが、取り締まられている気配はなかった。ヒンドゥーのサドゥー(行者)の喫煙は黙認らしいし、インド同様、ヒンドゥー教の国は麻文化に寛容なのか。
この葉はまさしく・・・
Day6 7時間
シヌワ -> チョムロン -> ジヌー(<-> 温泉往復) -> ランドルク -> トルカ
行きと同じ道で帰る予定を提示されたのだが、つまらないので距離を伸ばして違う道へ。このルートには温泉があるのだ。
温泉は貸切。とても綺麗で適温。疲れが相当癒されるが、その後歩く気が失せてしまうのが難点だ。
裸で入る習慣がないようなので、パンツで入る。替えを持ってきていなかったのでぬれパンの上からズボンを履く。気持ち悪いかと思ったら意外とすぐに乾いて大丈夫だった。おねしょは怖くないということを大自然に学ばせてもらった。
ONSEN!!
これまではだいたいRajさんのお勧め宿に泊まっていたのだが、この日の宿は自分でビューの一番いいところ、という基準で選ばせてもらった。でも、ビューはよかったが、ごはんは最悪。
Rajさんによると、この宿の経営はカーストの高いよそ者によって行われているとのこと。高いカーストの人はお金を使いたがらなくて皆に嫌われている、と言っていた。その話が本当かは分からないが、彼がカーストの高い人を嫌っていることと、ネパールにもインド同様、カースト制が根付いていることが分かった。
Day7 4時間 トルカ -> デオラリ -> ポタナ -> ダンプス -> フェディ -taxi-> ポカラ
天気はまたあまりよくない。冬は天気がいいものとばかり思っていたが、そうでもないらしく、春が気温と植生だけでなく気候もベストなのだそうだ。知らなかった。
登り下り生活もい加減飽きてきたので、いいタイミングで終わってくれた。現地で買ったストックのお陰で4本足動物に近づき、弱い膝は痛まなかったが、非力なトレッキングシューズだったので足首が痛い。
桃源郷にも見えるダンプスの村で最後の山村生活を惜しんで下る。
(最後の下りが忍耐力テスト的なので、ダンプスでバスに乗って帰るのがベストだろう
低地トレッキング中景色
Rajさんにはリクエストに答えてかなりの日本語教育をしたので、チップをもらいたいくらいであったが、「未来のトレッカーを幸せにすべく語学を勉強してね」の意をこめて相当量のチップをあげて(こぼれる笑みを抑えきれない様子であった)さようなら。
今度、直接紹介で1日$8でガイドを受けてくれるとのことだった。私は色々な人と接してみたい欲が強いので次回があっても彼には頼まないと思うが、ある程度の質を保障できるガイド(道が分からない、山の名前を知らないというガイドに道中会った。斡旋されていないガイドは泥棒して消えてしまう人もいるという)として、友達には紹介できるかなと思った。