楽器との出会い

2006/07/09
ヴァイオリンとビオラを調整に出した。 出そう出そうと思いつつ5年くらい放置されてしまっていたのを、今の客先の近くに よい工房があることがわかり、頼んでおいたのだった。 弓を張り替えて、魂柱の位置や駒の高さの調整などで、2.5万円なり。 ついでに弦の張替えもしたから+1万円はかかっている。 楽器は維持費も結構かかる。 長年調整に出さなかったりカビをはやさせたりさせておいて何を言うか、だが、長く連 れそう楽器には愛着がわいてくるもので、楽器に名前をつけている人も多い。 そして、楽器との馴れ初めには多くの人が物語を持っている。 ・・・ 私は今のバイオリンを大学1年生の春休みにウィーンで買った。 ウィーンに大学オーケストラの演奏旅行で行く際、母の知り合いのつてで、現地のオーケストラで 活動する傍ら楽器コレクターでもある人を紹介してもらっていたので、ちょうど新しい 楽器を欲していたため、予算を持って訪問したのだった。 彼は、個人としては恐ろしいほどの質量(億の値段がつくようなものまで!)のコレクションを 持っていて、見せてくれた。そして、私の予算の許す範囲で5本ほどお勧めを用意してくれた。 私は並べられた楽器を弾く前に、既に1つのバイオリンの美しさにとらわれてしまっていた。 白基調のマーブル模様の顎あてと板の木目の美しさは日本で見たことのないものだった。 弾いてみると、音もよかった。 そして予算オーバーながらもう心を決めたのだが、彼はそれを薦めなかった。 私が惚れたその楽器は材質がデリケートで、日本の湿気にさらされると音質が大きく 落ちることが予想される、というのが理由だった。 彼が薦めたもう少し安いもの(楽器の値段なんてあってないようなものなのだが)は音は 同程度のよさ。見た目も悪くはない。ラベルがないが、100年ほど前にハンガリーで 作られたものだと思われる、と彼は言った。 かなり迷っている間に、見るだけとついて来た友人が衝動買いで一本楽器を買って しまった(もちろん帰国後後払い)。それも美しくそこそこの音を出す、日本で3倍くらいの 値段がつきそうな代物だった。 そして私は、泣く泣く薦められたものを買った。 彼は泣く泣くの私にワニ皮(?)の巻いてある素敵な弓をつけてくれた。 その皮は補修を重ねたがボロボロになりすぎたので、今回、寂しいながら普通の皮に 巻きかえてもらった。 日本で湿気を吸って、その楽器はやはり若干音が飛ばなくなっていったが、前に使って いた楽器よりもずっと素敵な音を出し、満足である。 だが、いつでもあの時あきらめた楽器を忘れられない。 いつの日にか迎えにいきたい、と思っていたが、楽器を売ってくれた人は、数年前に病気でなくなった。 彼は来日時にわざわざ大阪の家を訪れてくれ、私個人と当時やっていた四重奏ウィーン流の 指導を施してくれ、かなり多くのことを学んだ。 出会って12年。その間の数々の思い出が、この楽器と共にある。お見合い結婚的出会い であったが、時を経て愛着はずいぶんとわいた。 しかし、この楽器はその他に100年もの私の知らない経験を持っている。 恋人の過去を知りたいような、知りたくないような、と同じような気持ちで、その歴史を のぞいてみたい想いにかられることがあるのだった。
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