中国の国内線に乗るのは初めてであったが空港での E-ticket の受け取り初めスムーズにできた。
機内食はパンのつけあわせがバターとかではなくザーサイだったのが面白かった。
昆明での乗り換え。すし詰めのバスに乗せられて空港へ。この状況に耐えきれないアメリカ人がゲートがないなんて信じられない、もう二度と中国東方航空には乗らないと怒っていた。これは航空会社固有の現象ではないことを知らないっぽい。連れに「コストとの引き換えだから」と説得なだめられていたが、バスに乗せられるくらいであそこまで怒ることができるものだと思った。
バスを降りても行き先のサインが見当たらないので、空港職員に聞くと 一度出て入り直せという。変なのと思いつつ従うが、やはりこれがだめ。セキュリチィチェックで有効なチケットでないと止められる。適当なことを教えられたものである・・・。結局チェックインカウンターにてチケット再発行という面倒な手順を踏んで再入場。
空港に着いたのは夜10時でおそらく最終便街から30kmほどある空港は小さく、飛行機を降りた瞬間に街行きのバスに接続できる感じだった。すべての乗客が乗り込んだときにはタクシーもすべて消えて寂しい世界。こんながらんとした空港を見るのは初めてだった。
バスからは星がきれいに見えた。
バスから降りると西洋人カップルがこちらをさかんに見ているので、話しかけてタクシーをシェア。彼らはアルゼンチンからきているとのことだったが、中国に入国してから英語があまりに通じない上にガイドブックも持っておらずどうしようか悩んでいたようだ。そして、私が中国語を理解すると期待していたのだった。
残念ながらしゃべれないが、タクシーを目的地に連れて行くことくらいはできた。確かに漢字が読めず筆談作戦も使えないとすると中国は非常に旅しづらいだろうと想像する。「観光ポイントまでいけば英語が通じるから心配いらないよ」と言う。
結果としては意外にそうではなかったのだが。
香港発から宿到着まで実に9時間。値段は全然違うが東京から乗り継いでもあまり変わらなかったかもである。
この後も色々な旅人が、日本と言えば物価が高くて旅行できない場所、という第一印象を持っていることを知らされる(それ以前に、アジアにオリエンタリズムを求めて来ている人が多いので、あまり旅先としての魅力がないのだろうとも思うが)。そして、いつもそれに続いて「寿司って日本でいくらくらいで食べられるの?」と聞かれた。SUSHI が日本と他国を比べるものさし?
夜は寒くなりそうだったので毛布を追加で借りる。麗江のゲストハウスでは、ベッドが電気で暖まるようにもなっているのが標準らしく、寒さに苦しめられることはなかった(12月のヨルダンとネパールで寒い夜トラウマになった)。
朝六時半に目覚ましをセットするが中国標準時よりずいぶんにしに位置するのでまだ暗いし人の活動している気配がしない。もうすこし寝てみるが結局7:30になって明るくなってきても気配がしないのでもういい加減起きることにした。
私は外国での朝の街歩きが好きである。
観光客が活動を始める前、それを相手にする店も閉まっている、でもローカルの生活が始まっている、その時間帯がより純粋な現地の空気を感じられるので。
麗江でも例外でなく、朝は静かで、ただ農作業に勤しむ人々や学校に向かう子供たち、それらを相手にマンジュウを蒸す人たちだけが活動していた。古城の外れのあたりを散歩するのは楽しかった。
レンタル屋で道を聞くも距離間がよくわからなかったので道に迷う。
すると、東河古鎮 なる観光ポイントらしき場所が近づいてきたので、無駄骨にしないぞ魂でのぞいてみる。
現地民族のおばさまがチケットをと金を要求してくるのであやしく思い、チケットはチケット売場で買うからいいよとはねのけたのだが、チケット売場がない。しょうがなく彼女らの一人にお金を渡すとついて来いと。
すごいと思ったのは80歳とかのおばあさんが畑仕事なりを元気にこなしていたこと。 私も定年したら畑にでも挑戦してみたいのだが、あのようにできるか。そうありたい。
麗江の観光地区は相当整備されてしまって若干観光地化しすぎている感じがある。環境保全のために地区入場に80元という多めの金額を取るのはよいアイデアだが、もう少し整備の仕方を考え、歴史を感じさせるような作りにしてほしいと感じる。作りこみすぎは却って不自然さを感じさせる。
たとえば古城の中心地区だけでもオープンスペースでカラオケやロックの大音量生演奏をするのを禁止したほうがよいと思うのだ。そんなものを求めてここに来ている人は少人数なのだから、新市街で楽しんでもらえばよいのに。おかげで雰囲気が台無しである。文化遺産になった理由であるところの文化、生活を守るところに集めたお金は使ってもらいたいと感じた。
デジャブだ・・・そうだ、ネパールのポカラのとある寺院で見たのとまったく同じノート。そして同じセリフ
それだけのお金を払う意味が分からないと伝えると、二人だから縁起がいい200元がいいんじゃないとかいう答えにならない提案。「他の日本人はいくら払ったかというとね。。。」とノートをめくる。1000元くらい払っている外国人がたくさん並んでいるのだが信じられん。ともかくもお金を出さないと不幸になるとい脅しと他の人は払っているんだよと言う脅迫的なこの手口は宗教人として最低の部類と思うので「他の人が払った金額になんの意味があるんだ」とか言い捨てて でも自発的に払ってもよいと思っていた10元だけおいて 去る。
今思えばもっと色々言ってやればよかったしノートに騙されるなとか書いちゃえばよかった。次回またこの手口にあったら見ておれ。
ここもシングル 20元。バストイレ共用で設備は同じ。しかし、ここは個人的につらかった。中心から遠いし道がベネチア的にわからない。宿に帰るのに10分のところが同じところを何週もする羽目になり、到着まで2時間かかった。聞く人毎に道を適当に教えるので(もとは自分が中国語をしゃべれないのがいかんのだが)何度もスタート地点に戻されてほとほと疲れる。
また、共用シャワーはガス切れでお湯がでないので違う場所であびる必要があったり、お願いしていた毛布の追加もしてくれてなかったり。客が一人だからといって20時半にはゲストハウスが真っ暗になっていたのもちょっと。客が一人というのは気は楽だが一人旅の時は寂しすぎである。昨日のアルゼンチン人と合流でもするようにしておけばよかった。かなりのバッドチョイスだった。